2012年01月25日

鞆の浦メディエーション会議(住民協議会)の結びへ向けて

沖浦吉郎兵衛 功徳碑
沖浦吉郎兵衛 功徳碑 posted by (C)鳶眼


asahi.com『どうする鞆の浦』
<上>
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000001201240002

<中>
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000001201240003

<下>
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000001201250002

__________

上記写真は、淀姫神社(明神山)のふもとに実在する『沖浦吉郎兵衛 功徳碑』

明治17年8月25日、日本全土を襲う巨大台風が発生。この台風は北海道・沖縄を除く九州から東北まで、甚大な被害をもたらし、全国での死者数1992人にまでおよぶ。
鞆の浦もその例外ではなかった。平地区の波止場は怒濤の大波により破壊され、波止の復旧作業と整備に奔走した『沖浦吉郎兵衛』が詠んだものと言われている句をご紹介します。

住むさとの末たのもしく思ひなば 
こころ一つにつくせ皆なびと

<住む里の、末、頼もしく思いなば、心をひとつに、尽くせ、皆人>


◎外部ブログ:鞆の浦検研究室ブログ参照
沖浦吉郎兵衛・瀬戸内海の「佐倉宗五郎」
http://ameblo.jp/rediscovery/theme-10031188217.html



【沖浦吉郎兵衛 功徳碑】
昭和3年11月10日建立

沖浦吉郎兵衛<1852生ー1901年没>
瀬戸内海の「佐倉宗五郎」

裏面の漢文は、鞆平が生んだ無類の漢学者、表述吉 書。




こころ一つにつくせ皆なびと


posted by 編集長/魚屋(うおや) at 00:16| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎産学官民一体のまちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/248348794
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
価格.com ブロードバンド じゃらんnet アフィリエイトのリンクシェアで、チャリティ活動 気分爽快。息キレイ JINTAN116Herbs 創業116年目の新JINTNA 楽天トラベル株式会社
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。