2011年04月25日

第十一回鞆の浦メディエーション会議(住民協議会)

太子殿からの風景
太子殿からの風景 posted by (C)鳶眼

「天然の良港」と有識者から謳われている鞆港。
このキーワードを盲信してはいけない。



実は、天然ではない。
人工の港湾です。




<弓形であること>
現在陸続きになっている大河島も、淀姫神社のある明神山も、“孤立した島”だった。
時を遡ること約400年前、慶長年間(1600年頃)関ヶ原の合戦後、芸備は福島正則に統治され大きな町割整備が施された。
当時、中島(なかしま)と呼ばれていた現在、鞆民俗資料館が位置する丘を平たくするため、その土砂を大河島との間に運び、人工的に陸続きにした。
これにより、海流が変わり、数年後には明神山も陸続きとなった。

玉津島に繋がる波止はまだなく、南風により荒ぶる海は港を襲うこともしばしばあった。

現在の寺町付近にあった色街は、有磯(ありそ)町という名で埋立地に移動され、空いた土地に寺院が移転し、大規模な町割が施行され、その開発の最たるものが、“雁木”であり、多くの砂浜が埋立てられ、鞆の浦は商業港へと変貌し、地価も高騰することとなった。


<良港の素質>
“天然”というキーワードを除けば、良港である素質は「大きな川がない」という事実。
川は湾に土砂を堆積させ、港である深度を維持できなくしてしまう。
後山の土砂が二千年も堆積しないのは、地質に特徴があるからだ。
しかし、大きな川がないため、昭和47(1972)年9月8日、豪雨時に未曾有の水害に襲われたという経緯もある。




さて、
以上を踏まえた上での鞆架橋埋立計画の調整にあたる第十一回鞆の浦住民協議会(通称:メディエーション会議)では、いかなる話し合いが成されたのだろうか?



第十一回 鞆の浦メディエーション会議

2010年5月に第一回メディエーション会議を終え、11ヶ月。
毎月1回行われている住民協議会もあと1回で丸1年を向かえる。

仲介者:牛島信 氏(弁護士)
    大澤恒夫 氏(桐蔭横浜大教授)
    桑子敏雄 氏(東京工大教授)
    鈴木晃志郎 氏(富山大准教授)
傍聴者:福山市のまちづくり担当課

鞆の浦架橋埋立計画の賛否派閥から、計11名参加
内容は非公開(なのだが、リーカーがネット上で公開している時もある)

内容は非公開なので、知る由もないが、新聞発表では・・・

__________

 推進派5人、反対派6人が参加。県によると、道路の混雑は休日の県外車両の流入が問題で、対策が必要とする共通認識ができたという。

◎推進派で鞆町内会連絡協議会の大浜憲司会長は
「埋め立てで駐車場はできるが、反対派は違う意見もある」と指摘。

◎反対派でNPO法人の松居秀子代表は
「共通認識の先にどんな解決があるのか、首をかしげる部分がある」と話した。

 協議会に先立ち、反対派住民は架橋計画以外の「新しい方向性」を早期に示すよう湯崎英彦知事に求める要望書を県に提出した。

中国新聞『鞆協議会、県と住民に温度差』
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201104250073.html
__________

県の説明によると、地域外の車両が鞆町中心部に入るのを休日は制限する必要があることなど、数点について共通認識が得られたという。

◎賛成派の鞆町内会連絡協議会の大浜憲司会長は会合後、
「今までの議論の繰り返し。本当の意味での共通認識は得られるのか」と進行に疑問を呈した。

◎反対派の埋め立て差し止め訴訟原告団の松居秀子事務局長も
「まちづくりへの共通認識を持たないと、本当の意味での議論は進まない」と話した。


asahi.com『休日は車両制限、鞆の浦協で認識』
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000001104250005

__________

各誌、『共通認識』というキーワードが出てきている。
???

“話し合い”には必要不可欠なものでしょう。
新聞での表現にも問題があるのかもしれないが、私自身は双方どちらとも“善”と認識しているのだが、双方の“歩み寄り”が感じられないのは気のせいなのでしょうか?

__________


相反するものの妥協点と折衷案、あるいは新たなアイデアへの追求は20世紀までの考え方。
これらが礎となり、近年では新たな施行が取り上げられるようになった。

◎Graphic Facilitator
http://uratami.seesaa.net/article/191484449.html?1300801687

しかし、
万葉から栄え、良い意味で時代に取り残された小さな港町には、斬新すぎて、まだまだ取り入れることが難しいだろう。
しかも、
今、現地に住んでない人間(私)がノコノコとシャシャリ出て、「これが将来禍根を残さないアイデアです!プランは三つあります!」と風呂敷を拡げたところで、馬の耳に念仏状態でもあるし、議論の途中で、水を差すようなことはしたくはない。

従来のやり方で、当初からの代表者12名で、何か結論を見出さなければ、必ず“禍根”は残るだろう・・・。
徹底的に話し合っていただきたいと思う。
そして、
この11〜12名の代表者の世代においての結論を、一日でも早く見いだしていただきたいと思う。



鞆の浦が、大河島と陸続きに埋立てられてから約400年、潮流が変わり、淀媛神社(明神山)も陸続きとなり、1711年第八回朝鮮通信使から「日東第一形勝」と謳われて300年、大規模な波止の延長が施行され、砂浜が埋立てられ、保命酒浜大雁木が出来てから200年、

これらを今まで守ってきたのは、“住民を代表している体(てい)の団体だけ”ではなく、物言わぬ住民一人一人だということを忘れてはいけない。
そして彼らが四半世紀もの間、不便を強いられ続けていることも忘れてはいけない。
その“不便”を、恰も“あたりまえ”のように説く、不便を要しない集団がいることも忘れてはいけない。

最後に「日東第一形勝」とは、“福禅寺・客殿:対潮楼から見た景観”のことを謳った。
ということを心の片隅に置いていただきたいと思う。

日東第一形勝
日東第一形勝 posted by (C)鳶眼


次回、第十二回 鞆の浦メディエーション会議は2011年5月22日に行われる。



【過去のメディエーション会議ログ】

5月15日、鞆架橋メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/149919125.html?1285110914


第一回 鞆地区地域振興住民協議会/メディエーション集会
http://uratami.seesaa.net/article/150047764.html?1285110843


第二回メディエーション会議後の記者会見
http://uratami.seesaa.net/article/156926808.html?1285110770


第三回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/160369035.html?1285110694


第四回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/163382926.html?1288108476


鞆の浦メディエーション会議/第4回までの進展と推移
http://uratami.seesaa.net/article/163945121.html?1288108429


第五回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/167302356.html


第六回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/175799047.html?1293312693


第七回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/175803975.html?1295873259


第八回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/182298011.html?1298330627


◎第九回 鞆の浦メディエーション会議/町づくりの持論
http://uratami.seesaa.net/article/188319830.html?1300801517

◎架橋の是非、埋まらぬ溝/第九回メディエーション会議を終え
http://uratami.seesaa.net/article/188679887.html?1300801585

◎Graphic Facilitator
http://uratami.seesaa.net/article/191484449.html?1300801687

◎産官学民一体の・・・一帯は、いったい・・・?
http://uratami.seesaa.net/article/195560440.html?1303723141




1711年に朝鮮通信使から「日東第一形勝」と謳われて今年で300周年です。


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渋滞する場所を示したトモマップ
渋滞する場所を示したトモマップ posted by (C)鳶眼


最近では、世界遺産登録署名運動も山側トンネル案も形りを潜め、県による控訴前の架橋埋立計画の事前調整としてこの会議が行われている。

さらに、一部の過激な反対運動家からは、
◎名ばかりの会議
◎年配者だけの会議
という風評で罵られているが、『産官学民一体のまちづくり』を切望する鞆の浦には必要不可欠な会議であり、また、四半世紀にも及ぶ宙ぶらりん状態の中、無くてはならない“対話”が交わされたのは、2010年5月が初めてだという。

ま、蚊帳の外にいる過激な一団は、蚊帳の外に置いておいて、
過激な反対運動家から発信されている余計な“風評”は無視してください。
そこから発せられる“風評”に、今までどれだけ解決の糸口を断たれたことか・・・。


当検定が発足当初から切望・主張するもの、
それは、
“鞆の浦に住むすべての人々が幸せであるように。”
鞆の浦検定は、この計画において勝者も敗者も出さないという目的を持った手段の第一段階なのです。
であるから、
待ち望んでいたメディエーション会議が意義あるものであってほしいと願う。




みんなでフォローしましょう!湯崎英彦広島県知事のTwitter
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http://twitter.com/yuzakihide



鞆の浦の中心部の通過車両はこんな感じです
hiroassan_244.jpghiroassan_168.jpg


市営第一駐車場<汀亭遠音近音前>はガラガラ(たまたま?)
第一駐車場から対潮楼
第一駐車場から対潮楼 posted by (C)鳶眼
posted by 編集長/魚屋(うおや) at 20:07| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎江戸探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

産官学民一体の・・・一帯は、いったい・・・?

先日はグラフィック・ファシリエーターについて少し述べさせていただいたが、第11回メディエーション会議(当ブログではこの名称に統一しています)直前になって、朝日新聞からこんな記事が・・・。

福山市長、鞆の浦住民協議会の長期化懸念

 羽田皓(あきら)市長は8日、「(過疎で)町の空洞化が進み、賛成派は焦燥感を感じている。早期に終結してほしい」「議論が樹海の中から抜け出せていない。これからさらに掘り下げるというのは抵抗感がある」と議論の長期化に懸念を示した。同日の定例会見で述べた。

一部記事引用/asahi.com/2011年04月09日
__________


市長の気持ちも良くわかる。
過激な反対運動家からバラ撒かれている不穏な噂は、真実を追求するには時間がかかるため、ここでは置いておいたとしても、市長が訴えているのは“鞆町民約8割の民意”であり、それを汲み上げた立派な意見だと思う。

羽田市長は鞆の浦出身です。

事実、鞆の浦のブログを公開していて、一番アクセスが多い記事は、「地図」。
その次に「駐車場案内」。
その次に「渋滞箇所」。
自家用車で鞆の浦に訪れる観光旅行客の方々の“意識”がだんだん変わっていっているのが垣間みれる。
ただ、
問題はそれだけではないから、羽田市長は声を荒げて新聞紙上で訴え続けているのだろう。

がんばって、あらゆる書籍を読みながら、わかりやすく記事にしている由緒のある神社仏閣の記事には、残念ながらほとんどアクセスはない。
外部の人々の琴線にふれない神社仏閣も、町内の檀家(人)がいなくなれば廃寺になることは必至。
高度成長期前の昭和の始めには、いくつもの寺が廃寺となっている。
空き家が更地となり、駐車場になっている場所もたくさんある。

そういう未来への懸念を、市長が新聞紙上で語るのも、町民が憂うのも、当たり前のことだろう。
※過激な反対運動家からバラ撒かれている『不穏な噂(風評)』は、真実を追求するには時間がかかるため、ここでは風評をフォローしません。


第十一回 鞆の浦メディエーション会議

2010年5月に第一回メディエーション会議を終え、10ヶ月。
毎月1回行われている住民協議会もあと2回で丸1年を向かえる。

仲介者:牛島信 氏(弁護士)
    大澤恒夫 氏(桐蔭横浜大教授)
    桑子敏雄 氏(東京工大教授)
    鈴木晃志郎 氏(富山大准教授)
傍聴者:福山市のまちづくり担当課

鞆の浦架橋埋立計画の賛否派閥から、計12名参加予定
内容は非公開(なのだが、リーカーがネット上で公開している時もある)



相反するものの妥協点と折衷案、あるいは新たなアイデアへの追求は20世紀までの考え方。
これらが礎となり、近年では新たな施行が取り上げられるようになった。

◎Graphic Facilitator
http://uratami.seesaa.net/article/191484449.html?1300801687

しかし、
万葉から栄え、良い意味で時代に取り残された小さな港町には、斬新すぎて、まだまだ取り入れることが難しいだろう。
しかも、
今、現地に住んでない人間(私)がノコノコとシャシャリ出て、「これが将来禍根を残さないアイデアです!プランは三つあります!」と風呂敷を拡げたところで、馬の耳に念仏状態でもあるし、議論の途中で、水を差すようなことはしたくはない。

従来のやり方で、当初からの代表者12名で、何か結論を見出さなければ、必ず“禍根”は残るだろう・・・。
徹底的に話し合っていただきたいと思う。
そして、
この12名の代表者の世代においての結論を、一日でも早く見いだしていただきたいと思う。
結論が出なければ、もう次の世代に任せたほうが良いかもしれない・・・。



鞆の浦が、大河島と陸続きに埋立てられてから約400年、潮流が変わり、淀媛神社(明神山)も陸続きとなり、1711年第八回朝鮮通信使から「日東第一形勝」と謳われて300年、大規模な波止の延長が施行され、砂浜が埋立てられ、保命酒浜大雁木が出来てから200年、

これらを今まで守ってきたのは、“住民を代表している体(てい)の団体だけ”ではなく、物言わぬ住民一人一人だということを忘れてはいけない。
そして彼らが四半世紀もの間、不便を強いられ続けていることも忘れてはいけない。
その“不便”を、恰も“あたりまえ”のように説く、不便を要しない集団がいることも忘れてはいけない。

最後に「日東第一形勝」とは、“福禅寺・客殿:対潮楼から見た景観”のことを謳った。
ということを心の片隅に置いていただきたいと思う。

日東第一形勝
日東第一形勝 posted by (C)鳶眼


次回、第十一回 鞆の浦メディエーション会議は2011年4月24日に行われる。



【過去のメディエーション会議ログ】

5月15日、鞆架橋メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/149919125.html?1285110914


第一回 鞆地区地域振興住民協議会/メディエーション集会
http://uratami.seesaa.net/article/150047764.html?1285110843


第二回メディエーション会議後の記者会見
http://uratami.seesaa.net/article/156926808.html?1285110770


第三回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/160369035.html?1285110694


第四回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/163382926.html?1288108476


鞆の浦メディエーション会議/第4回までの進展と推移
http://uratami.seesaa.net/article/163945121.html?1288108429


第五回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/167302356.html


第六回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/175799047.html?1293312693


第七回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/175803975.html?1295873259


第八回 鞆の浦メディエーション会議
http://uratami.seesaa.net/article/182298011.html?1298330627


◎第九回 鞆の浦メディエーション会議/町づくりの持論
http://uratami.seesaa.net/article/188319830.html?1300801517

◎架橋の是非、埋まらぬ溝/第九回メディエーション会議を終え
http://uratami.seesaa.net/article/188679887.html?1300801585

◎Graphic Facilitator
http://uratami.seesaa.net/article/191484449.html?1300801687



1711年に朝鮮通信使から「日東第一形勝」と謳われて今年で300周年です。


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渋滞する場所を示したトモマップ
渋滞する場所を示したトモマップ posted by (C)鳶眼


最近では、世界遺産登録署名運動も山側トンネル案も形りを潜め、県による控訴前の架橋埋立計画の事前調整としてこの会議が行われている。

さらに、一部の過激な反対運動家からは、
◎名ばかりの会議
◎年配者だけの会議
という風評で罵られているが、『産官学民一体のまちづくり』を切望する鞆の浦には必要不可欠な会議であり、また、四半世紀にも及ぶ宙ぶらりん状態の中、無くてはならない“対話”が交わされたのは、2010年5月が初めてだという。

ま、蚊帳の外にいる過激な一団は、蚊帳の外に置いておいて、
過激な反対運動家の余計な“風評”は無視してください。
そこから発せられる“風評”に、今までどれだけ解決の糸口を断たれたことか・・・。


当検定が発足当初から切望・主張するもの、
それは、
“鞆の浦に住むすべての人々が幸せであるように。”
鞆の浦検定は、この計画において勝者も敗者も出さないという目的を持った手段の第一段階なのです。
であるから、
待ち望んでいたメディエーション会議が意義あるものであってほしいと願う。




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鞆の浦の中心部の通過車両はこんな感じです
hiroassan_244.jpghiroassan_168.jpg


市営第一駐車場<汀亭遠音近音前>はガラガラ(たまたま?)
第一駐車場から対潮楼
第一駐車場から対潮楼 posted by (C)鳶眼
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